2008年7月21日 (月)

ミニかぼちゃアーチ

Arch_2 夏だ!

ウワサのミニかぼちゃが育って、アーチに実りました。こんなに素敵なアーチをくぐるのは、ひょっとしてン十年前の結婚式以来かもしれない。お行儀よく育ったかぼちゃたちに祝福されるなんて、幸せ…。などと言って、かぼちゃの下を3往復もしてしまいました。畑には幸せ気分も実るようです。

こちらは、小玉スイカの赤ちゃん。これもスーパーのリクエストで作っているものだそうです。この小ささで、金色の産毛が生えたさまは、まさにウリボウ。動物の赤ちゃんのように愛らしい。一人前になるには、あと数週間でしょうか?すくすくと元気で育ってね、なんて、声をかけたくなります。

Uribo 夏野菜には暑さで疲れた体の緊張をほぐす効果があると聞きました。この2つの野菜(スイカは野菜なのだろうか?)は、私たちを幸せな気分でほぐしてくれそうです。

小玉スイカは実るとフジスーパー大船店(0467-45-9311)の鎌倉野菜のコーナーで販売するそうです。

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2007年9月 1日 (土)

玉縄史跡祭

Img_4121 夏も終わりに近づいた8月19日、鎌倉玉縄地域の夏祭り「玉縄史跡祭」が行われた。現在は鎌倉の住宅地で農振地域も抱える玉縄には、かつては玉縄城という山城があった。北条早雲の手によって作られ、三浦半島の里見氏に対して抑えの役割を果たし難攻不落を誇ったという。1526年、この玉縄城側は戸部川(現在の大船駅前の柏尾川)での里見氏との激戦で勝利し、里見氏を追い返した。戦死した者を顕彰するために、毎年8月19日に戦死者の首塚がある玉縄戸部町で地域の人々が集まって玉縄史跡祭は開かれる。

・・・とここまで書いたら、なんと勇ましい土地であったか、と思うかもしれない。でも、この戦いの戦死者は35人。 Img_8744 あれれ・・・戦国の世とはいえ、ちょっと桁がちがうぞ。鎌倉時代は幕府のあった旧鎌地域と呼ばれるあたりでは戦いごとに「数えきれない死者」が出たり、一族郎党全部滅ぼされたり。いまだに由比ガ浜や材木座ではかつての戦乱で命を落とした者の人骨が大量に発見されるというのに。で、鎌倉市のはずれの玉縄の激戦では35人の戦死者(玉縄を守るために命を落としたりっぱな方々です)。江戸時代直前になると、玉縄城は徳川方の前に戦うことなく無血開城する。その後ほとんどの武士は地主として農業に従事したと聞く(小作は少なかったらしい)。大戦中は地域の中心に捕虜収容所が設けられたため、空襲をまぬがれた。戦後は収容所があったおかげでいち早く米軍の食糧援助を受けもした。いろいろ調べても、縄文時代より前から人が住んでいながら、1526年の戦のほかはいくさの記録がほとんどない。どうやら農地だったこの一帯が戦禍にまみれたことはないようだ。

Img_4120_2 なだらかな丘陵で肥沃な関東ローム層の土を持ち、緑と水に恵まれた温暖な気候の土地。環境的にも、歴史的にも農業に向いた、ほんとうに「のどか」な場所だったんだ。道理でここで作られた野菜は甘くおいしいわけだ。

お祭りでお父さんにお面を買ってもらって早速つけて帰る子ども。おじいちゃんと一緒に綿あめを求める子ども。友だちと待ち合わせてお祭りを楽しむ中学生と、ちょっと離れたところからそれを見守る親。かつては日本中にあふれていたそんな懐かしくも消えゆく光景が、今も残る地域。ちょうちんを見ながらその穏やかな豊かさに感謝した。

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2007年8月12日 (日)

ゆり

Yuri1_3

夏の間、鎌倉の玉縄地域ではユリをよく見かける。高貴な花だというのに、アスファルトで固められた路傍に、山の斜面に、川の土手にと、結構ところ構わず気さくに2株ぐらいづつ咲いている。山ユリは神奈川県の花でもあるが、鎌倉はユリの里ともいえるほど、多数のゆりが自生しているのだ。

6月の終わりごろから咲き始めるのは山ユリ。茎は長く花は白く大ぶりで人目を引くのだが、大き過ぎて自分の重さを支え切れずに倒れる茎もよく見かける(^ ^;)。 おひさまが良く当たるところは早めに、少し条件が悪いところは遅めに咲き、夏の間中見られる。8月の半ばごろからは高砂ユリ。茎もすっきりと細身で、花も白くスマート。 もともとは台湾から観賞用に輸入されたものだそうだが、いつの間にかワイルドにそこらへんで自生している。お盆の頃は鎌倉の玉縄地区のそこかしこに両方の種類の花が見られて、まさにユリの里の面目躍如。Yuri4_2

昭和のはじめから30年代まで、ゆりは玉縄地域の「特産品」だった。早朝小学校に出る前、子どもたちは自生するユリを採って鎌倉駅の近くまで売りに行ったという。市場には野菜とともにユリの花も出荷された。ユリ栽培の農家があり、国内はもとより根を食用とする中国や、ガーデニングが盛んなヨーロッパへ輸出し、とりわけ英国王室や観賞植物の流通が盛んなオランダで好まれたという。栽培で財をなした農家の家は「ユリ御殿」と呼ばれるほどりっぱ。県立フラワーセンターでも幾多のユリが開発された。

「特産」のユリはどこに行ってしまったのだろう?いつの間に消えてしまったのだろう?鎌倉・玉縄の豊かさを、自然と人の調和を映していただろうユリ。栽培する農家も今はなく、点々と自生するユリに「夢のあと」を想うばかりだ。

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2007年7月28日 (土)

むかご、落花生(花と実)

「自然薯の花が咲いたよ!」先日根っこを見せてくれた佐藤さんからまたまた電話。今度は花が見られるらしい。自然薯の花・・・確かに見るのは初めてだ。Jinenjohana_3

「やや、昨日はこんなものなかったのに、今日になったら花の根元に何かついてる」自然薯の前に立った佐藤さんが言う。自然薯の花は、小さなゴマの実のようなぷつぷつが集まって咲いて、ちょっと上向き気味の小さなぶどうの房みたいな三角錐(さんかくすい)。その房の茎よりの部分に、ちゃいろい実のようなものが…。「自然薯の実なら、むかご。でもこんなにたくさんなるんだろうか?それにあれは秋11月ごろなるような・・・」

Mukago1_2 いろいろ考えたけど、やっぱりむかごに見える。自然薯の実で葉の付け根になり、秋になってツルが枯れる頃に地面に落ちる滋養たっぷりな野菜。サクサクしたお芋の食感と自然薯とおなじ味が好まれ、いためても、茹でても、ご飯と一緒に炊き込んでも美味で、薬膳 料理にもつかわれる。こんなに早い季節に、驚くほどの短時間でたくさん実るのは知らなかった。とがり気味のハート形の葉っぱの付け根に、房のように花が咲き、数日で実がたくさんなる・・・なんだか「多産」の象徴のようで笑ってしまう。こんなむかごは滋養タップリ!

Peanut_2 続いて落花生を見せてもらった。ようやく花が咲き始めたばかり。「まだ管は出てないんじゃない?」と言われたが、さがしてみると根元に近いほうの花の咲いた後に、見えた!枯れた花の付け根から、赤 紫色の管が地面に向かって伸びている。確かに根っことは違う力強いこの管が土刺さって、その先に落花生が実るのだ。よく見ると、管の先がぷつんと丸くなっているものも。

やった~、ウワサの落花生の管、ついに発見!
こうなると、落花生が実る経過も見たくなってしまう。落花生の追っかけは、まだ続きそうだ。

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2007年7月20日 (金)

インゲン・夏野菜

Ingen_1  雲の合間からのぞくお日さまの方へ。けなげにツルを伸ばしていく豆類が、白い花の下にサヤをつけている。花はスイトピーのように可憐。ちょうどインゲンが育ち盛りの季節なのだ。

Hayasi_1  「ちょっと体調をくずして収穫に行けなかったら、こんなに大きくなってしまった。これじゃ出荷できないのよ」近所の農家の林さんは嘆いた。丹念に仕分け作業をする林さんの手元を見ると、太く伸びやかに育ったインゲンが美しい緑色をしている。こんなにきれいでおいしそうなのに?と聞くと、「今は細くて小さいのが好まれるの。昔はこのぐらいの大きさが良いとされたのだけど。味は変らないのにね」と教えてくれた。インゲンの見た目も、流行があるらしい。それでも収穫のタイミングが遅れると豆類は緑のサヤに麩のような茶色い部分ができやすくなる。サヤ同士や柵にこすれて付く傷。「ちょっとこすれただけで傷が付く、繊細な野菜」なのだそうな。林さんの作業所には、ほかにもつややかな深い紫の大きなナスや少し赤くなりだした肉厚のピーマンも見える。どれも自然の色が力強く、姿も伸びやか、傷もほとんどなくてりっぱ!なのに育ちすぎで売れないのだ。何ヶ月もかけて大きくしても、収穫が数日遅れただけで。なんて厳しくて「もったえない」。それらの野菜を売ってもらった。Ryori

夏の野菜はどんなふうに食べてもおいしそうだけど、今日は素揚げ。素材の固さが気にならない調理法なのだ。ナスは高温で。インゲンははぜないようにきちんとスジを取って。ピーマンは緑が美しく出るように、それぞれに油で揚げ、醤油やショウガ、好みでお酢を入れる。そのままでも良いが、冷蔵庫で冷やして食べてもおいしいサラダになる。お日様の滋養を集めた力強い夏野菜は、伸びやかな見た目も味もとてもステキなのだ。Endo011_1

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2006年8月 3日 (木)

ししとう

Sisito1 決して背が高くないけど、畑の中で強い緑色の茎が両手を広げてすっくと立っている。 豊かな緑の葉っぱの中で、白い小さめの花はなぜか下向きに咲き、細身の実が、ちょっと不器用にごつごつ付いている。
獅子唐(ししとう)だ。
先の部分がへこんで、その中に小さな出っ張りがある姿が獅子の顔(鼻)に似ているのでその名が付いたとか。言われてみると個性的でチャーミングな顔が見える気がする。大きくなると実が赤く染まる。ぴんと伸びた緑の葉に赤い実の色鮮やかな獅子唐の木は、ひときわ人目を引く。なんだかお日様を浴びる姿が力強くて、鎌倉の畑の「夏景色」。チョウチョたちもそのりりしさに引かれたのか、集まってきた。
ピーマンや唐辛子と同じナス科。食べると少し果肉が薄く苦味が少ないけど、ピーマンと良く似た味。ほかのものは何てことないのに、時々とても辛い実もある。「大当たり~」なんて、言ったものだ。
くしに刺して焼くとちょっと焦げ目が付いて、甘みや辛さが引き立っておいしいけど、気をつけないとぱちんと身がはぜてしまう。焼く前にいくつか小さな穴を開けておくのがきれいな焼き上がりのコツとか。Sisisha

「大当たり~!」も含めて、食卓の「夏景色」。
ビールに合うんだな、これが♪ (Can)

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2006年7月 1日 (土)

トマト

Tomatoe 鎌倉にはトマト農家、なる言葉がある。一年のうちの多くの期間をトマト栽培に費やす農家。

 雨の少ないアンデス原産のトマトは、もともと高温低湿度が好条件。さらに温度差があるほうが甘みを増すとか。雨の多い日本にはちょっと不向きな植物。
そこで鎌倉のトマト農家では路地ものが出る真夏以外は、ハウス(温室)で育てる。ハウスは屋根で覆って温度を上げて、雨をよける。中は、支柱を立てて倒れないようにしっかり保護されたトマトの茎が並ぶ。できるだけ農薬を使わずに虫の増殖を抑えるため、虫のフェロモン撹乱テープが横に張るられている。黄色い可憐な花は自ら受粉ができない。だから数年前まで人間が専用の筆を使って花粉をひとつづつ丹念につけて周ったそうな。Hachi 今では大型の「まるはなバチ」が人に代わってせっせと受粉させてくれる。このハチ、働き者だけど外国生まれなので管理が厳密に決められていて、温室外に出すと法律に触れる。
(写真を撮ったけど動きが早いシャイなヤツで、小さくしか写ってくれない、黄色い花の脇の黒っぽい点がそれ。見えるかな?)
ひとつの茎に40~50個の実がなる。一房は3~4個。茎の下のほうから緑色に実り、律儀に茎の下の方から赤くなっていくところが不思議だ。
細い茎が支柱や紐に支えられて緑や赤の実を抱えている姿は、トマト自身と人間と昆虫が協力してがんばった結果と言う感じがして、なんともケナゲ。Tomatosha_1
丹精込めて育てられているんだ!
そうして出荷されるトマトは、大きくて形もきれいで上品。なんといっても美しい赤、真っ赤! 水の中に入れると果肉が詰まっていて沈んでしまうほど。
酢っぱさと、驚くほどジューシーな甘みがある。

  そう、鎌倉のトマトは特別なんです。 (Can)

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